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2026/05/07 07:47
昨日お話しした、槇原敬之さんの『Curtain Call』。 だから、腹が立つ人にも感謝を。 ……そうお伝えしました。 今日は、その続き。 もっと「切実な」お話をさせてください。 人間が「カーッ!」と頭に血がのぼったとき その体内には、驚くべき量の毒素が生成されるといいます。 その量、なんとモルモット12匹を死に至らしめるほど。 ボクはこれを、 小冊子『不思議な「ありがとう」のチカラ』や 講演会でもずっと言い続けてきました。 怒りの毒は、血を黒く濁らせます。 それが病の種になり、あらゆる苦難の引き金になる。 自分から発した毒で、自分自身の体を壊し、 さらには周りにいる人の気分まで汚してしまう。 結局、怒ること、汚い言葉を吐くことは、 自分にとって「大損」でしかないのです。 ボクが路上でポストカードを販売(ストリート)していた頃、 忘れられない出来事がありました。 いつものように、 「ボクは言葉が不自由です。失礼をお許しください」 と書いたチラシを、見てくださる方に渡していたときのこと。 一人のご婦人が、何が気に障ったのか、 突然、猛烈に怒り出したのです。 ボクは言葉の聞き取りも不自由ですが、 ゆっくり話してもらえれば3割理解できます。 でも、その方は早口で 「カーッ!」と 怒鳴り散らすばかり。 困って、「これに書いてください」と 筆談ボードを差し出しました。 けれど、それさえも無視。 最後には、お渡ししたチラシをクシャクシャに丸めて、 ボクに投げつけて帰っていかれました。
……このご婦人の「損」が、分かりますか? 怒られたボクは、何が悪かったのか、 何が気に障ったのか、結局わからないままでした。 だから、反省のしようも、謝りようもなかった。 ご婦人は一人で怒りを爆発させ、 ボクには何も届かないまま、 ただ自分自身の体に「死に至る毒」を溜めただけだったのです。 もっと身近な例を挙げてみましょう。 Aさんが、友達の家に遊びに来て、 あなたの家の近所の狭い道に、 車を路駐したとします。 Aさんは友達の家で、楽しくお茶を飲み、 幸せなひとときを過ごしています。 一方、あなたはスーパーへ行く途中にその車を見つけ、 「なんて所に停めてるんだ!」と腹を立てる。 帰り道、まだ停まっている車を見て、 もう一度腹を立てる。 このとき、一番「毒」を飲んでいるのは誰でしょう?
たしかに、悪いのはルール違反をしたAさんです。 でも、Aさんはその瞬間、ニコニコと人生を楽しんでいる。 それなのに、あなたは目の前にいない相手に対して、 わざわざ自分で「毒」を作り出し、自分の体を痛めている。 これが、ボクの言う「大損」です。 「でも、これは正義の怒りだ」 「あっちが100%悪いんだから、怒ってもいいはずだ」 そう思うかもしれません。 でもね。
「この条件なら、怒ってもいい」という例外は、 この宇宙では存在しません。 理由が何であれ、毒は毒。 飲めば、自分の体が苦しむだけ。 大切なあなたの体を、 誰かの身勝手な行動のために汚さないでくださいね。 ボクは、((family_name))がいつも、 健やかで、穏やかでいることを願っています。
覚えていますか?
ボクたちの人生という舞台の上で、
わざわざ「嫌われ役」を買って出てくれる人。
その人は、ボクたちの成長を助けるためにやってきた
「神の地上代行者」であり、「気の毒な恩人」なのだと。
怒ると、血が黒くなる?

届かなかった「怒り」の行方

損をしているのは、どっち?

宇宙に「例外」はない