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2026/08/10 23:13
昨日も少しお話ししたけれど、 皆さんはどう感じただろうか。
アメリカは、どれだけひどいことをしたのか。
81年前の1945年8月。
広島では約14万人、
長崎では約7万4千人もの尊い命が失われました。
その年の3月の東京大空襲でも、
10万人を超える人々が犠牲になっています。
太平洋戦争全体で見ると、
空襲によって命を落とした民間人は、
なんと80万人にも上ると推定されているんです。
国際法では、軍隊に所属しない、
戦う意思のない人々を攻撃の対象と
することは禁じられています。
しかし、アメリカが行った無差別爆撃は、
そのルールを完全に無視したものでした。
これは、明らかな民間人の「大量殺戮」、そして「大量虐殺」です。
にもかかわらず、ボクたちは戦後、
「日本が侵略戦争を行ったから原爆を落とされた」
「ポツダム宣言を無視したからだ」 といった、
原爆神話や早期終戦・人命救済説など、
根拠のない話を教え込まれてきました。
これらはすべて、War Guilt Information Program(WGIP)によって、 ボクたちを弱体化させるためにつかれた「嘘」だったのです。
私たちは81年もの間、歴史をねじ曲げられ、
自虐史観を植え付けられてきました。
でもね、 真実を知ることは、決して過去を憎むことではありません。
私たちが真実を学び、 未来をどう生きるかを考える。
そのための、大切な第一歩なんです。
この歪められた歴史を紐解くために、
8月22日(日)に特別なZOOM講演を開催します。
ゲストのまーちゃん(鈴木まさひろさん)は、
全国の護国神社45カ所を巡り、
日本の25名国士にも選ばれた方です。
彼が、ボクたちの知られざる真実を教えてくれます。
まーちゃんから聞いた話の中に、
ボクが思わず泣きそうになった悲話がありました。
どれだけ子孫を思い、
強い覚悟で亡くなっていったご先祖様たちがいたのか。
教えてもらった悲話の一つ、
【敵兵の子をみごもって海へ身を投げた女性たち
~語られなかった二日市中絶病院~】
の真実を、ボクなりに調べてまとめました。
戦争といえば、 戦場で命を懸ける兵隊さんや、
空襲に怯える本土の人々の姿を 思い浮かべるかもしれません。
しかし、日本の歴史には、 語られることのなかった
「もう一つの戦争」が存在しました。
それは終戦後、
旧満州から引き揚げてきた女性たちが体験した、
想像を絶する苦しみです。
当時の満州には日ソ中立条約があったため、
多くの兵隊さんは南方へ送られていました。
しかし、8月15日以降、ソ連兵が条約を破って侵攻してきたのです。

そこには兵隊さんはおらず、一般市民しかいませんでした。
ソ連兵が流れ込み、好き放題、やり放題。
まさに、この世の地獄だったそうです。
女性たちは犯され、子供は殺され、
男の人たちは捕虜として連れ去られました。
あちこちにあった日本人村で、
ロシア兵をおとなしくさせるため、
「慰安所を作ってくれ」
という要請が出されたそうです。
慰安所を作れば、ソ連兵がおとなしくなる。
そう言われたとき……
皆さん、
もし女性だったら、どう思いますか?
日本人村の女性たちは、
「私がやります」
「私がソ連兵の相手をします」
と、自ら手を挙げたそうです。
なぜか。
自分たちがソ連兵の相手をしている間に、
子供たちだけでも無事に早く日本へ帰り、
希望を持てるような国にしてほしい。
そんな、無私の境地からです。
この女性たちのおかげで、
無事に帰ってくることができた子供たちが
いっぱいいたんです。
そして、いよいよ彼女たち自身も日本へ帰る時が来ました。
喜んで帰ろうとしたその時、
彼女たちは望まない妊娠をしていました。
ソ連兵の子供です
「敵兵の血を宿した子ども」と見なされる苦しみ。
田舎に帰ることもできず、
主人、家族に打ち明けることも
なかなか難しかった。
朝鮮の釜山から福岡へ向かうフェリーの上から、
海へ身を投げて自殺した女性も
たくさんいたそうです・・・・・
闇に埋もれた真実と、未来への希望
そんな壮絶な状況を見かねたお医者さんたちがいました。
引き揚げ船が帰港する博多港に近い、
福岡県筑紫野市に、
赤ちゃんをおろす専用の病院を作ったのです。
女性たちを救うため、二日市保養所をはじめ、
いくつかの病院が極秘で中絶手術を行っていたことが、
最近になって明らかになりました。

立ち上げに奔走した一人、
自らも引き揚げを体験した
山本良健医師の娘、朝山紀美さんはこう語っています。
「父たちは弱い人を守ることに疑いのない人でした。
女性を救済するために、自発的に手術を行ったんです。
『国は何もしてくれなかったんだ』と話していました」

これらの事実は、国の命令によって秘密裏に処理され、
カルテすら残されませんでした。
社会の片隅に追いやられ、 誰にも語られることなく、
苦しみを抱えたまま亡くなっていった女性たちの存在は、
長い間、歴史の闇に埋もれていたのです。
戦争というと、
兵隊さんや本土で逃げ惑う姿ばかりを思うかもしれません。
でも、こうやって自ら名乗りを上げ、
自己犠牲の精神でソ連兵の相手をした女性たちがいたこと。
どうか、覚えておいてください。
現在、二日市の介護施設にはこの慰霊碑があります。

そしてその隣には、「子供には罪がない」ということで、
水子地蔵さんも静かに置かれています。
ボクたちは、こんなにも強くて優しい
ご先祖様たちの命のリレーの先端に立っています。
だからこそ、正しい歴史を知り、
未来へ受け継いでいかなければならない。
8月22日(日)のZOOM講演、
『まーちゃんのいきまる』で、
一緒にこの知られざる真実を受け取りませんか?
夏休みの子供も一緒に聞いてください
きっと、あなたの心に深く響き、
これからの生きる力になるはずです。
過去の悲しみを乗り越えて、
ボクたちが今、ここで笑い合えること。
それは決して当たり前じゃない。
ご先祖様たちの愛の結晶が、今の私たちなんです。