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2026/08/18 06:14
先日、戦後80年という節目の年に劇場版アニメが公開され、
力強く平和を訴えた『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』に
ついて投稿をしました。

主役の田丸均という21歳の日本兵はフィクションですが、
描かれているのは、 日本軍守備隊1万と米軍上陸隊4万が相争う、
地獄のような実話です

あの後、どうしてもあの世界の続きが気になって,
ボクは映画から、原作の漫画へと飛び込んだんです
このメルマガの投稿では、
「戦争で命を奪われた側」の悲しみについて書きました。
でも、原作の漫画を読み進めるうちに、
ボクはもう一つの重い真実に、
心を大きく揺さぶられることになります。
実は作者の武田一義さんは、
ご自身も最初はペリリュー島での
戦いを知らなかったそうです。

その後、戦史研究家の平塚柾緒(まさお)さんに
お会いする機会があり、 実際に戦争に参加した兵士の方から、
戦場でどんなことがあったのか、
詳しくお話をうかがったといいます。
マンガの中では、極限状態に置かれた兵士たちが、
敵国の兵士の遺体を辱めたり、
仲間割れをしたりする惨状も描かれています。
当初、武田さんはこの作品をノンフィクションにするか、
フィクションにするか、けっこう迷われたそうです。
平塚さんから「実際にこんなことがあった」と聞いていても、
平塚さんご自身のノンフィクションの著作には
書かれていないこともありました。
なぜなら、それをそのまま描いてしまうと、
「それが誰の体験なのか」
「誰が誰を殺したのか」
という個人の話になってしまい、
本来伝えたい本意から逸れてしまうからです。
そこで平塚さんからヒントをもらい、
「島で起こる出来事はノンフィクションだけど、
登場人物はフィクションにする」
という方法を選びました。
その方が描けることが多くなる。
だからこそ、描くのがはばかられるようなひどい現実であっても、
「遠慮なく全部描こう」と覚悟を決められたそうです。
そんな覚悟で描かれた原作の中で、
どうしてもボクの心から離れないシーンがあります。
それは、年老いた主人公の田丸が、
孫に戦争の体験を語る場面です。

ずっと口を閉ざしていた彼が、
最後にやっと言った言葉

「自分が人を殺したということ それを
自分の子供に 伝えるのは とても恐ろしいことだよ」
この言葉に、ボクは息が止まりそうになりました。
武田さんがいろんな取材をされる中で、
自分の体験を「自分の子ども」に話しているケースは
とても少なかったそうです。
一方で、孫の世代や、
自分とは関係のない新聞記者さんになら話せる、
という方がいたといいます。
戦争は、命を奪われた側だけでなく、
生き残り、「人を殺した」人たちの心にも、
決して消えることのない深い傷を残し続けるんです。
ボクたちは「平和」や「戦争」を振り返る時、
どうしても「奪われた命の悲惨さ」に目が行きがちです。
でも、奇跡的に生きて日本へ帰り、
戦後の復興を必死に支えてくれた人たちの中には。
誰にも言えない「奪ってしまった記憶」を抱えたまま、
何十年も、たった一人で苦しんでいた人が
たくさんいたんですよね。
戦争は、人類の一番の罪でしょう。
勝っても、負けても。 生き残ったとしても。
人間の心に、決して消えない地獄を残すのだから。
優しい笑顔の裏側で、 どれほどの重い十字架を背負って、
ボクたちにこの命のバトンを繋いでくれたのか。
「語られなかった沈黙」の中にこそ、 一番重くて、
一番知らなければならない痛みが 隠されているのかもしれません。
作者の武田さんは、こう語っています。
「平和だからこそ、マンガも読めるし、戦争も描ける。
この作品の、反戦的・厭戦(えんせん)的な
メッセージがきちんと伝わるというのは、
平和な生活という土台があってこそだなとは思います」
今日、当たり前のように流れていく平和な一日。
その土台には、 決して口に出すことができなかった
先人たちの「深い悲しみ」と「祈り」が 埋まっているんだと、
深く気付かされました。
全てのことに感謝します