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2026/08/26 09:24

あの北野武さんが「この人のためなら死ねる」と思わせた女性がいる

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天皇、皇后の両陛下が各地の被災地を訪問され、

ひざをついて被災者に寄り添うお姿を拝見する度、

ボクは泣いています。

東日本大震災の年。

1人以上の画像のようです福島県相馬市で半世紀にわたり漁師をしてきた穴戸勝さんは、

生きる気力を完全に失っていました。

思い出が詰まった家も、長年連れ添った漁船も、

津波によってすべて奪われてしまったからです。

体育館での避難所生活。

そんな時、天皇皇后両陛下(現在の上皇ご夫妻)が慰問に訪れました。

両陛下はお二人別々に、被災者の元を回られます。

行く先々で、大人たちはそのお姿に感激して涙を流し、

子どもたちには笑顔が戻る。

でも、そんな光景を見聞きしても。

最初は、穴戸さんは斜に構えていたそうです。

「両陛下に会うと感動するって言うけど、

そんな風になるもんか。

来てもらっても、何も変わらねぇよ……」と。

冷たい床の上。

向こう側に座る自分なんかに、

声などかけてはくれないだろう。

どうせ素通りして、帰られるのだろう。

そうやって心を閉ざしていた、次の瞬間でした。

美智子様が、わざわざ身を乗り出すようにして、

穴戸さんの目を見て、こう仰ったのです。

「漁師さんですか?」

「船は大丈夫でしたか?」

思わず、わっと涙が込み上げ、

どうしても止まらなくなってしまった。

なぜ、あんなに涙が溢れたのか。

そすべてを失い「自分なんか」と暗闇の底にいた彼を、

美智子様がしっかりと見つけ出し、

ひとりの人間として心から寄り添ってくれたからです。

その温かいお声に触れた瞬間、

絶望でカチカチに悴(かじか)んでいた穴戸さんの心が、

ドクン、と音を立てて溶けていくのがわかりました。

「よーし、もう一度船に乗って、俺はやる!」

不思議な力と勇気が湧き上がってきたそうです。

美智子様と会って、自分は変わった。

穴戸さんは当時のことを、こう振り返っています。

「改めてあの日を振り返ってみると、

この人は日本の親であり、 われわれの父であり、母であり、

そういう人なんだなぁと思いましたね。

俺たちの部屋から出て行った時には、

後を追いかけたいという思いもありました。

正直ね。

自分は早く親を亡くしたからだけど、

あぁ、親ってこういうものかなぁと思って、

自分の母親の面影を追いかけたってのは、本当だね」

****

もう一つこんなエピソードがあります。

別の体育館の慰問の場で、出来事がありました。

股関節を手術していた松田さんは、
両陛下の慰問のお姿を見て驚愕していました。

ご高齢の方が、立ったり座ったりしながら
一人ひとりに目線を合わせて移動するのは、
身体に想像を絶する負担がかかるからです。

「それを、自分より年上の両陛下がやっているなんて……」

松田さんは、そのお姿だけで深く勇気づけられたと言います。

そんな松田さんが美智子さまとお話しをされていた、
まさにその時。

震度3の余震が体育館を襲いました。

ひとりで立てない松田さんは、恐怖のあまり、
思わず美智子さまの「右手」をギュッと握ってしまったそうです。

隣にいた人も美智子さまをかばおうとして「左手」を握りましたが、ハッとしてすぐに手を引っ込めました。

しかし、松田さんは離すタイミングを失ってしまい、
手を握ったまま。

不敬にあたるのではないか。

そう焦った次の瞬間、美智子さまはどうされたか。

空いた左手で、松田さんの手を優しく包み込み、
「大丈夫ですよ」と、微笑んで安心させてくれたのです。

松田さんは振り返ります。

「すごく柔らかくふわふわしていて、
まるで赤ちゃんの手を大きくしたような、
温かいお手でした」

この温もりに背中を押された松田さんは、
それから1ヶ月もしないうちに息子さんと仮店舗を立ち上げ、
今では新しい理容店を立派に営んでおられます。

****

少し、ボクの話をさせてください。

ボクは言葉を失う「失語症」です

しゃべれなく、コトバの聴き取りをでなく、

コトバが出ないもどかしさを、

ボクは痛いほどよく知っています。

だからこそ、震えが止まらないのです。

1993年。美智子様は、マスコミからの理不尽で

酷いバッシングに心を痛めつけられ、

ついにお倒れになり「失語症」となられました。

外から吹きつける、

冷たく鋭い「理屈の刃」に切り裂かれたのです。

けれど、

ご回復されて声を取り戻した際の、第一声は何だったか。

「もう大丈夫、私はピュリファイ(浄化)されました」

……信じられますか?

石を投げるような酷薄な言葉を浴びせられ、

コトバを失うくらい傷つけられたのに、

それを「清められた」と表現するなんて。

民間から嫁ぎ、想像を絶するいばらの道を歩きながらも、

それでもご自身の痛みを脇に置き、

天皇と一緒にただひたすらに祈り続けてこられた。

超越した存在と触れ合う天皇を通じて、

ご自身の悲しみすらも、
私たちへの「祈りの毛布」に変えてしまったのです。

****

今、国連の委員会などが、

日本の国体を穢すような理屈を押し付けようとしています。

女系と女性をごっちゃにした的外れな物言いで、

日本を弱くしようとする「冷たい北風」が吹いています。

ボクたちは知っています。

普通、人は自分や、自分のすぐ近くにいる

大切な人の幸せを祈るものです。

でも、天皇は違う。 決して、ご自身のためには祈らない。

「国平らかに、民安かれ」

ひたすらに、ただひたすらに、そう祈る。

天皇陛下にとって、

私たち国民は「大御宝」だからです。

私たち国民を「大御宝」として、

こんなにも愛してくださる天皇皇后両陛下。

なのに国民の、なんと愚かで酷薄なことか・・・・。

私たちが時にそんな愚かで残酷な姿を見せようとも、

ただただ私たちの幸せを祈り続けてくださる

「大御心」がある。

被災地にひざをつき、一人ひとりに寄り添うお姿を見るたび、

ボクはいつも涙が溢れて止まりません。

それは、理屈という名の北風では絶対に奪えない、

日本人の魂の奥底にある「温もり」を思い出すからです。

ボクは万世一系の天皇陛下のいる

日本という国に生を受け、

幸せに思います

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